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たかちゃんの「しんぐる わいふ らいふ」

沖縄の働く女性が送る南国の風!
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新人
Date: 2001-04-05 (Thu)

四月に入り、スーツ姿もまだ初々しい若い子たちが
新たに職場にやってきた。
休憩時間に廊下やレストランで見かける彼らは
まだ自分の居場所が定まらないかのように
どことなく居心地悪そうにしている。
あと2ヶ月もすればすっかり周りに馴染んで
誰が新人なんだか分からなくなるのだろうけど
今は辺り一面に「新人です」という香りを発散している。

彼らは今、新採職員研修の真っ最中。
毎日びっしりと研修メニューが組まれ、
朝から晩まで公務員としての基礎知識と心構えを
たたき込まれてるのだ。

たしかにあったなぁ、私にもこういう時期。
もう10年前なんだけど。
見るもの聞くものがすべて新鮮だった時期。

でも今日の私は彼らと同様に「新人」の緊張を味わっていたのだ。

昨年12月、組合の書記長に就任した。
まだ全国でも数少ない女性書記長だ。
世代交代を急ぎたい、女性の登用も推進したいという
先輩方の思惑もあって、実力以上の仕事を任されてしまった。
引き受けてしまったからには頑張るしかなく、
訳も分からぬままがむしゃらにこの4ヶ月を駆け抜けてきた。
その間、2000春闘の妥結に向けて
多くの交渉を経験し、職場内でのオルグも何度もこなした。
早朝職大でもマイクを握ってきた。
多くの会議を主催して運営し、
人前でしゃべることにも少しは慣れてきたつもりでいた。

今日のオルグもいつものオルグ、
そう割り切ればそれで終わりだったのだが、
でも今日はちょっと勝手が違っていた。
そう、今日のオルグの相手は、
組合に関する知識がほとんどない新入職員だったのだ。
組合の専門用語を知らない人たちに
組合のことを説明し、さらに入会してもらわなければならない。
組合に対する拒否反応をできるだけ出さないように
言葉を慎重に選びながら、組合の意義を説明した。

あぁ、どうかこの気持ちが通じますように!
わずか15分のオルグ。
でもいつもと勝手の違うオルグ。
新人書記長の私は気づけば全身汗だくになっていた。
念のために用意していた原稿の文字も
緊張でかすんで見ることができない。
結局最後までアドリブでしゃべり続けた。

組合活動は今、過渡期にある。
全国的に見れば組織率も加入率も年々厳しい状況になっていっている。
公務員を取り巻く環境は以前ほど安穏としたものではない。
これから入ってくる職員たちは
周りからの視線も、制度面においても厳しい風にさらされる。
地方分権が進み、公務員の責任は以前にも増して大きくなっていく。
これからの環境の変化に柔軟に対応していくための
問題解決の場として組合の役割は更に重要になっていく。
そのことをつたない言葉で必死で伝えた。
多分、その場にいる誰よりも「新人」として緊張しながら。

一人ひとりの目を見ながら話しかける私から
新人たちは誰も目をそらそうとはしなかった。
続いて共済の説明、女性部と青年部の説明が終わり、
今日加入してもいい人は申込書を書いてくださいと言うと
十数名がさらさらと申込書に記入を始めた。
例年になく多い新勧オルグ初日での加入申込書。
多分、試用期間が切れる半年後までには
ほぼ全員が加入することは間違いないだろうという手応え。

肩の荷がおり、緊張の一日が終わった。

新人たちに送った、
「今の気持ちを忘れずに一生懸命がんばってください」
という言葉を自分自身に言い聞かせながら、
明日からの仕事に取り組んでいこう。

実際厳しい現実が目の前には山積みされているのだ。



卒業
Date: 2000-11-18 (Sat)

恥ずかしい話だが
自戒の意味も込めて卒業の記念に(謎爆)

この3ヶ月、ひまな時間があればパチンコに通っていた。
何故通っていたかというと
それはもちろん勝ち続けていてすごく美味しかったからである。

ルパン三世をテーマにした「不二子におまかせ」という台と
不思議と相性がよかったのだ。
何の攻略法もデータも持ち合わせていないのだが、
なにげに座る台がいつも爆発してくれるのだった。
だーりんもこの台とは相性が良く、
8月から10月までの沖縄で勤務してた期間、
休みのたびに2人で打ちに行き、お小遣いを稼がせてもらった。

勝ったお金は「あぶく銭」であるから身に付くはずもない。
すぐに泡と消えるのであればいっそ物に変えてしまおうと
買い物をしまくった。
コート バッグ 財布 ブーツ CD
サングラス ピアス ライター 化粧品
思いつくものは何でも片っ端から買いまくった。
先週の福岡のオフに参加した時には
オフの翌日、福岡のパチンコ屋で一勝負して
飛行機代&オフ参加費を丸々取り戻してしまった。
中身の減らない不思議な財布を持ったようで
にわか成金の私はかなり浮かれていた。

しかし、浮かれながらも私は一つだけ決心をしていて
いつかその日が来たらその決心はしっかり守るつもりでいた。

物に変えずに次回の軍資金としてとっておいたお金が
もし仮に底をつくようなことがあれば
その時にはきっぱりパチンコを卒業しようと。

その軍資金の額は7万円。
一度や二度の負けで簡単に無くなる額ではない 
と 思っていた。

しかしついに今日、まさかの「その日」が来てしまったのだ。

午前中急ぎの仕事を済ませた私は
今日も勝つぞと気合いも十分にパチンコ屋へ繰り出した。
しかし。。回せども回せども
きわどいリーチがかかるものの一向に当たらない。
「いくらなんでもこれだけ回せばそろそろ当たるよね?」
と自分に言い聞かせつつ
震える手を押さえながらつぎ込み続けた。

そして 午後8時
私の軍資金はついに底をついた。

うぉ〜 すっげぇ〜!まじで無くなっちゃったよ 7万円!( ̄▽ ̄;;

をいをい、7万円だよ?7万円!
この3ヶ月楽しんできた「パチンコ」が急にそら恐ろしくなってきた。
こんなことを続けていればたしかに人生を持ち崩しちゃうよなぁ。

しかしこれだけ思い切り負ければあきらめもつくというものである。
「憑き物が落ちたような」というのは
まさしくこういう気分をいうのであろう。
所詮小市民の私がギャンブラーになれるわけがない。
また以前のパターンに戻ればいいだけの話である。
そう、年に2回、ボーナスが出た時に気分転換に打ちに行くのさ。

それにしても不二子ちゃんには
この3ヶ月間、良い夢を見せてもらった。
夢から覚めたあとには大量の「物」が手元に残っていた。
そう、みなさんお気づきの通り
文字通りの勝ち逃げである。
7万円の軍資金はあくまで浮いていたお金だったのだから
私はこれっぽっちも負けてはいないのだ(笑)
婉然たるほほえみをありがとう、不二子ちゃん
本日をもってパチンコから(しばらくの間)卒業いたします。

明日から気分一新、仕事に打ち込むぞ〜 p(’▽’




軟禁状態
Date: 2000-09-12 (Tue)

またまたまたまた台風です。
今年は本当に台風の当たり年で
沖縄に上陸した、あるいは沖縄をかすめた台風は
例年になく多いです。

先週の金曜日に15号が来たばかりなのに
今は14号が大暴れしています。
いくら台風好きの私でもこんなに台風が続くとさすがに閉口します。
たまに来るから希少価値でうれしいのであって
こう頻繁に来られちゃありがたくもなんともありません。
沖縄の観光界、今年はさんざんなシーズンだったなぁ。
ほんと気の毒です。

それにしても今度の台風の大きさは半端じゃない。
8号もなかなか大きな台風で1日半居座ったけど、
14号は8号に比べても勢力が異様に大きいんですよ。
930ヘクトパスカルだなんて
三十数年こっちで生活していて
いまだに聞いたことないですよ そんな数字 まじで。
中心付近の最大風速は45mらしいので
瞬間最大風速は60m〜70mが予想されてます。
ここまでくりゃ街路樹だって根こそぎ倒れれば、
看板だって、歩いてる人だって飛んでっちゃいますね^^;
本島地方での瞬間最大風速の観測レコードが出るかも
って期待は無いと言えば嘘ですが
やっぱこんなこと期待してる私って不謹慎ですねぇ。
不謹慎ついでにちゃんと新作行灯も作りました。

今度の台風で不安を感じたのは
テレビでの注意の呼びかけのせいかもしれないです。
「割れやすいガラス窓はテープを貼って補強しましょう」とか
「充分な食べ物と飲料水を確保しておきましょう」とか
普段の台風の時では聞かないもん。こんな細かな注意呼びかけなんて^^;
それだけ半端じゃないのが来るってことなんでしょうね。
ま。。窓の外見てるとその呼びかけも大いに納得できますが。
ありとあらゆる警報・注意報出まくってますしね。

本土の上空にあった秋雨前線も台風の影響で活発化して
各地で大雨、洪水、土砂崩れを引き起こしているようです。
テレビの報道を見てるとさながら災害列島の様相。
今後の台風の進路も非常に気になります。
進路次第では大災害につながる可能性もあるのですから。
どうか 大きな被害がおきませんようにと祈ることしかできません。

昨日の夜のうちに買い物をすませてきた私たちは
今日は朝からテレビとビデオ三昧。
いわば自宅に軟禁状態で
寝たり起きたりと怠惰な一日を過ごしております。
停電さえしなければ娯楽品もたくさんあるから
なんとかあと一日くらいは過ごせるとは思うけど
締め切った家の中は酸欠状態って感じで今日は少々不愉快です。
新鮮な空気が吸いたくて軟禁状態がうらめしい今日の私でありました。

以上沖縄から台風レポートでした




優雅な時間
Date: 2000-09-07 (Thu)

先日、だーりんと本島北部にあるリゾートホテルに泊まりに行ってきた。
本来なら友達も数人一緒に泊まる予定だったのだが、いかんせんその日はお盆。
祖先を敬う沖縄の人々がこの重要な日に家を空けられる訳もなく
次々と「やっぱり無理だわ」という電話が入り、結局二人だけで行くことになった。

彼と私の実家でそれぞれウンケー(お迎え)を終わらせた私達は
二人だけとは思えない大荷物を車に詰め込み出発。
クーラーボックスに大量の飲み物と食料品、着替え、更にはウクレレ&楽譜といった装備。

遅い出発であったため、
2時間のドライブを経て目的地に着いた頃には夜の10時を回っていた。
朝から何かと忙しかった私達はホテルの部屋に入るなり爆睡してしまった。
それにしても・・こんな時間に寝てしまったのはどれくらいぶりだろう?
PCにさわらずとも眠れるということを久しぶりに経験した気がする。

翌朝、6時前に目が覚める。だーりんはまだ夢の中のようだ。
一人でベッドから抜けだし窓を開けテラスへ出ると
明け方のひんやりとした空気の中、美しい色をたたえた東海岸の穏やかな海が目前に広がる。

「時間が止まったかのような」とはまさにこのことかと思った。
何もしない時間こそが贅沢だとはよく聞く言葉だが
そう実感できることは実生活の中ではなかなかない。
しばらくはただテラスのチェアに腰掛けその空気を楽しんだ。

そうだ こんな時にこそ「あれ」をしよう!

私がバッグから取り出したのは「マニキュア」だった。
両手両足の爪にゆっくりとマニキュアをのせていく。
乾かしては重ね塗り、およそ1時間を費やした。
普段では絶対に考えられないことである。
マニキュアのためだけに費やす1時間!

それでもなお時間は穏やかに流れる。
マニキュアがすっかり乾いた頃
持ってきたウクレレをぽろぽろとつま弾いていたらだーりんが起きてきた。
まだ朝の9時。チェックアウトの時間まで3時間。

時間がこれほどゆったりと流れることの不思議さ。
日頃の慌ただしさとのこれほどまでの落差は一体何?
多分友達も一緒だったらこんな時間はなかったんだろうな。
日頃ゆっくり話す機会もなかなかない二人、
テラスのチェアに腰掛け、海を見ながらおしゃべりをした。
今までのこと これからのこと ゆきつ もどりつ とびつつ あれこれと。

チェックアウト後本島北部をドライブした後に家路についた。
その頃にはすっかり二人とも普段の顔に戻っていたけど。


走ってばかりじゃ疲れる。たまにはこんな時間もいい。


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路面電車待望論
Date: 2000-08-31 (Thu)

編集長がせっかくコメントしてくれたので
沖縄の交通事情を少しばかり。

モノレール建設がただいま工事を進行中でして
2005年(だったっけ^^;)に開通する予定です。
まだまだ先の話です。
空港と那覇の市街地、人口の集中する本島南部にしか通らないので
中部に住む私としましてはいささか不満ですが
ミーハーなのでできたら真っ先に乗りに行くでしょう(笑)

編集長のおっしゃるとおり、県内ではいろんな人たちが
沖縄に電車を走らせようと運動を展開しています。
従来のような「うちなーたいむ(時間にルーズの意味)」では
もう通用しないご時世ですから、
定時運行の交通機関を渇望する声は高まるばかりですね。

まぁ 採算の問題とかがありまして、
声が上がってもなかなか実施されないのが実状ですが、
そういう意味で一番現実的で実現可能かもと思えるのが
「路面電車」を走らせようという意見ですね。
既存の道路を利用して作るので、
鉄道の設備を新たに作るのと違って
はるかに安価で設置できるというのが魅力です。
欧米諸国ではLRT(ライトレールトランジット)
と呼ばれる路面電車がありますが、たいへんおしゃれで、
低騒音、低振動、低床式で環境にも人にもやさしい電車が走っています。
こういうのが導入できればみんな利用するんじゃないかと思うんですけど。
沖縄の人の「自動車信仰」は根強いものがありますから
まずはモノレールが完成したあとの
利用状況が問題になるんじゃないでしょうか。

やっぱり路面電車を誘致したいという人たちが一番願ってることは
街の活性化だと思うのです。
沖縄だけじゃなくどこでもそうかもしれないのですが、
消費者行動の変化により商店街は沈下傾向にあります。
やっぱり商店街っていうのは街の顔じゃないかと思うんですよね。
市のメインストリートが元気かどうかで街の印象が大きく違います。
市街地だと、まとまった駐車スペースを確保できないし、
車社会である沖縄では郊外の大型ショッピングモールで買い物する方が
うんとラクで楽しいっていうのは事実なんです。
でも電車が一本市街地を通るだけで
街が元気になりそうな気はたしかにするんです。
市街地再開発にはとてつもないお金がかかるのでつらい課題ですが
路面電車という血管が一本通るだけで
街の機能は快方に向かうような気はするんですよ。
詳しく調べたり考えたことがないので想像でしか話ができませんが。

交通渋滞で定時運行が期待できないバスだけが
今の沖縄の唯一の公共交通機関ということは情けない限りです。
経済的な自立を目指すにはこういう社会基盤の整備が先決だと思いますね。
130万人もの人がここに住んで社会生活してるんです。
沖縄は時間のことを考えないでも済む「楽園」ではないのですから。

前にも書きましたが
雨降りの渋滞で札幌行きの飛行機のチケットを無駄にしたこともあります。
沖縄は観光立県を目指してるわけですから 
定時運行で空港までいける手段がないのは本当に致命的です。
年間400万人以上の観光客を迎えてる現在に至ってもなお、
そこらへんが解決されていないことに改めて驚きを感じる次第です。

以上のようなことから
私個人としましてはこの動きにはかなり関心があります。
ま。。当分はバイクでがんばります。もちろん安全運転で。(笑)





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1000億円の振興策
Date: 2000-08-30 (Wed)

公共事業の見直しが進んでいる。
先日も全国で233件の公共事業の見直しが発表された。
233件全部あわせると、2兆8千億円という金額が浮くことになるという。
国の財政が逼迫している今、不必要な工事の見直しや中止は大賛成だ。
できればもっと大胆な大鉈を振るってほしいと思う。
今の時代、文字通りの「血税」である。
無駄なお金は使ってほしくないと心底思う。

今回の見直しで「目玉」に据えられたのが
「島根県の中海干拓事業」だ。
先日見たテレビの中で奇異な光景を目にした。
工事が取りやめになったことを受け島根県知事が
大臣に対し握手を求め「ありがとうございます」と言ったのだ。
その後の報道で分かったのだが、
中海干拓を中止することと引き替えに、
島根県は新たに1000億円の地域振興策を獲得したというのだ。
島根県知事はそのことに対してお礼を言っていたのである。
テレビではキャスターが「形を変えた新たなばらまき」とか
「なんちゃって見直し」とか呼んでいた。

「1000億円の地域振興策」
この言葉に沖縄県民の一人として反応してしまうのだ。

沖縄に多少興味のある人はご存知かも知れない。
沖縄県の宜野湾市というところには
市街地の中心部に普天間基地というヘリ基地がある。
宜野湾市という街はそのヘリ基地の周りにドーナツ状に住民の居住地域がある。
騒音で住民の心身に大きな影響を与えていたり
隣接する小学校にヘリが墜落したりと危険きわまりない。
沖縄ではこれまで県をあげて普天間基地を早急に移転することを求めてきた。
この基地の移転問題の解決をめぐって
この数年、サミットの誘致、開催も含めて政治的な激流があった。
サミットの件に関しては後日別のコラムで書くつもりなので
ここでは詳しく述べないが
米軍側はSACOの話し合いにおいて「県内」を条件に移設を承諾、
本島北部地域の振興策と引き替えに名護市が新たな基地建設の受入を表明した。

ここで出てきたのが「1000億円の地域振興策」である。

沖縄の新たな基地受入の代替策と
島根県が公共事業を中止することで勝ち得た代替策の額が同額なのである。
しかも沖縄では1年に100億ずつ、10年かけて事業を実施するという条件付きだ。

沖縄の歴史の中で住民が同意しての新たな基地建設は初めてのことだ。
国はアメリカの意向を受けて何が何でも沖縄に基地を受け入れさせたかった。
新たな基地は海上基地ということで環境への影響も懸念されている。
すでに国では具体的な建設方法の確定作業に入っており
サミット後のこうした動きは急ピッチだ。
県知事や名護市長は「15年期間限定使用」を条件に受け入れたとしているが
兆の金をつぎ込んで建設する200年耐用のメガフロート基地を
果たして米軍がわずか15年で手放すだろうか? 
答えは最初から見えている。
事実米軍も「15年」はあり得ないと言っているのだ。

基地問題で常々思わされることは、
札びらでほっぺたを叩かれるようなまねを
沖縄はいつも平気でされているということだ。
しかも今回のことでその振興策の「金額のレベル」が何となく分かった。
干拓事業の見直しの代替策=新たな基地受入の代替策
一概に金額だけではかれないことだが
正直な話、目眩をおぼえた。


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雨の日の物語
Date: 2000-08-29 (Tue)

雨です。
これでもかってくらい雨が降っています。
台風が近くを通過中なので
いたしかたのないことなのですが
バイク乗りには雨はつらいです。

普段のバイクはこの上もなく便利です。
駐車スペースのことも考える必要もないです。
しかも一番の利点は渋滞知らずというところで、
沖縄においての唯一の
「定時運行ができる交通手段」と呼んでも過言ではないでしょう。
私はバイクが大好きです。

ただ雨の日のバイクはいただけません。(−−;
雨に濡れて悲しいです。
雨が肌につきさって痛いです。
服に泥はねして悲しさに追い打ちがかかります。

あの日もこんな雨の日でした。

私の家のすぐ近くに急な坂があります。
普段の通勤では別のルートを通るのですが、
この日、買い物をした帰りにこの道を通りました。
その日は今日のように目を開けられないほどの大雨。
下り坂の終わり近くにさしかかった時に
その地面には「止まれ」の文字が見えました。
はいはいそりゃ止まりますですよ〜 言われなくても
だって三叉路ですもんね〜
止まらなきゃ危ないぢゃ・・・んん?
え〜〜〜?なんで〜〜〜〜〜〜?
止まらない〜〜〜?!!(@▽@;

がっしゃ〜ん!!☆

次の瞬間
私はなすすべもなく地面と仲良しになっていました。

はい、みなさんのお察しの通りです。
「止まれ」という文字の上でブレーキングしたため
バイクは見事にその上をつるりと滑ってしまっていたのでした。
「止まれ」の文字のおかげで止まれなかったという
なんとも情けない状況の下での転倒。
転んで(ほんの少し)怪我したにも関わらず
同情されるどころかみんなの失笑を買ってしまいました。

10年ぶりの転倒は大変痛かったです。はい。
雨の日のバイクはやっぱりどこか悲しいです。(;▽;



卓上カレンダー
Date: 2000-08-28 (Mon)

私の職場のデスクの上には
シンプルな卓上カレンダーがある。
小さな升目の中には
簡単なスケジュールが書き込まれている。

小さい頃、文章を書くのが好きじゃなかった。
日記をつけることすら3日も続いたことが無かった。
記録をつけることの大切さを知ったあとでも
文章を書くのはやはり好きではない。
ネットにはまっている今ですら
刹那的な会話のチャットはできても
あとあとまで残りそうな掲示板とメールは苦手なまま。
仕事で書く文章はなんとか書けるが
自分の内面をつづるという作業は私には向かない。

私の卓上カレンダーには
時間と場所と用件が無機質に書き込まれている。
ほんの10文字前後の情報。
しかしこの10文字でその日のことが鮮明に思い出せる。
仕事に支障をきたさないためのメモであったのだが
最近は日記のように思えてきた。
カレンダーに記された行動を追いかけるだけで
その時々の心境の変化まで鮮明に思い出すことができる。
最小限まで凝縮された情報の中に
その時間を生きる私がいる。
私にしか分からない私だけの心情の変遷。

自分の内部を省みる密かな楽しみ。
雄弁な10文字。


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9月7日
Date: 2000-08-25 (Fri)

6月23日 沖縄では「慰霊の日」として
県全体で戦没者の冥福を祈る。
これは去った大戦において、
沖縄戦を指揮していた牛島司令官が自決した日
(近年の研究では22日だったことが分かっている)を
沖縄戦の終結とみなして定められたものであるが、
皮肉なことに彼がいまわの際に残した言葉
「最後の一兵まで戦え」が
その後、住民を苦しめることとなる。
戦線における責任者の死により、
正式に戦争を終わらせることができなくなってしまったのだ。
本土において終戦した8月15日以降も
日本兵たちはその言葉を遵守し、
沖縄ではずるずると終わらない地上戦が続くことになったのだ。

そして9月7日、越来村(現沖縄市)盛根において
戦争にピリオドを打つべく、米軍と南西諸島の
日本軍守備軍との間に降伏調印式が行われる。
この日を以て沖縄戦は事実上終結した。
沖縄戦が終わりを告げたとされる牛島司令官の死から
実に2ヶ月半もの間、無意味な血が流されたことになる。

沖縄市では平成5年から、
「事実上の終戦」を締結した「9月7日」を「市民平和の日」と定めた。
そして8月1日から9月7日までを「平和月間」とし、
毎年平和を考えるための様々なイベントを開催している。
自治体独自でこういう「日」や「月間」をもうけてるところは少ない。
今年は期間中に「沖縄・広島・長崎の中学生たちによるピースサミット」や
映画上映、原爆・沖縄戦・アジアの現状を伝えるパネル展、市民講座
そして最終日の「平和のステージ」まで16のイベントが組まれている。

住民の4人に一人が亡くなった沖縄戦、
長引いた地上戦だったがゆえの悲惨な体験。
あれから55年が経ち、
戦争の実体験を持つ人も年々少なくなりつつある今、
そこから学んだものを後生に伝えていくことは
私たちに課せられた大きな課題だろう。
過去を振り返り検証するのは
未来にその過ちを繰り返させないため。

見る 聞く 考える そして 伝える。 


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引っ越し荷物
Date: 2000-08-20 (Sun)

前にも書いたがだーりんは転勤族である。
単身赴任なんてしょっちゅうで、
最初の頃は私も殊勝に「しばしの別れ」を悲しんだりもしたが
今ではすっかり神経も丈夫になってしまい
「あ、また行っちゃうの?」くらいの反応になってしまった。

転勤につきものなのが「お引っ越し」。
度重なる転勤を経て
おかげさまでだーりんはすっかり荷造り上手になってしまった。
そんな引っ越し慣れしてるはずのだーりんだが
引っ越しに関して下手だなと思うことが「荷物の選択」だ。

引っ越しするたびにだーりんは
「これが一人暮らしするために必要な荷物か?^^;」
と思うくらいの大荷物を抱えて移動する。
去年の9月、東京へ行ったときにも
狭い単身寮には入りきれないほどの
大荷物を抱えての引っ越しだった。
彼は周りに何でも整ってないと落ち着いていられない性質らしいので
それも仕方ないかとも思うのだが、
8月1日に任期を終えて沖縄に帰ってくるまでに
一度も開梱しなかった荷物も多かったので
「何のために持って行ったんだか・・」
とニョーボとしては少々あきれてもいるのである。

今書いたように
8月からだーりんはこっちに帰ってきてるのだが
私は洋服以外の荷物は開梱せずにそのまま置いてある。
どうやら10月にはまた単身赴任するらしいのだ。
どうせまた行くんだから
ここにある膨大な荷物をそっくりそのまま赴任先に送っちゃおう!
なぁんて無精なことを考えてるわけなのだけど。。
でも待てよ?
ってことはこの調子で単身赴任を繰り返していけば
10数年も手つかずのままただただ引っ越し先に送り続けられる
「開かずの梱包物」なんてのも出てきたりするのかな?(’’;

なんかそれってやばそうだよね?
得体が知れなくてさ
開けたらパンドラの箱みたいに悪いものが飛び出してきそうで(笑)

梱包物が年季を経て化け物に変わらない内に
さっさと片付けに着手するとしますか^^;
めんどいけど(自爆)

次の赴任先には絶対最小限の荷物で行ってもらおうっとp(’へ’;


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