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コラム ニシダの「不惑へのカウントダウン」

中年を目前にしたバブル世代の疾風怒涛
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Lost in Translation
Date: 2004-05-17 (Mon)

気付かぬ間に、孤独感とされる情動は、年齢に寄り添いながら変貌を遂げているものなのかな、と実感めいた感慨漂う今宵。
と言うのも、今日にフランシス・コッポラの娘さんであるソフィア・コッポラが撮った映画「Lost in Translation」を観て来たのですが。

因みに、この映画がアカデミー脚本賞を受賞した際に、この親父さんは壇上で娘に「うちの家業を継いでくれて有り難う!」と叫んだらしいです。
他にもゴールデン・グローブ作品・主演男優・脚本賞を取ったこの映画は、既婚者である落ち目のハリウッドスター(ビル・マーレイ)とカメラマンの妻(スカーレット・ヨハンソン)が、東京で偶然に出逢い知らぬ間に互いの寂寥感を埋め合わせていくストーリーなのですが。

無国籍風に撮られている東京を舞台として、聞き取る事も出来ない日本語や少々摩訶不思議な日本人の中、二人が抱える人生の問題が、騒々しく喧噪とした異国である東京の街に深閑と溶け込んでいく映画でして。
また、この二人の既婚者が抱える問題は恰も寂寥感や悄然さと称させる言葉で一見共通していそうでありながら、ビル・マーレイ演じるハリウッドスターは中年の曲がり角での煩悶であり、スカーレット・ヨハンソン演じるカメラマンの妻は若き結婚に於ける自分探しであったりと、人生の年代に於ける孤独感や憂い感の差異も垣間見せながら。

一つは舞台に日本が使われている事で感情移入が容易な側面もあるのかもしれませんが、プラトニックでロマンティックな大人の為の映画「Lost in Translation」。今年の私のベストワンの映画です。
(本当はB級ゾンビ映画「Dawn of the Dead」に関して熱く書こう、と思ったのですが…)



チェンソー VS ハーブティー
Date: 2004-03-26 (Fri)

時代は遡る事、1980年代前半。
米国はボストン在住の作家Robert.B.Parker原作のスペンサー・シリーズを愛読し。
「男子たるもの斯く在るべし」と、これまたスペンサー宜しく黙考しておりました私ニシダ。
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スペンサー・シリーズとは、元プロボクサーにして哲学と詩と料理を愛する私立探偵スペンサーを主人公としたハードボイルド小説。また、ボストンをこよなく愛する作家Robert.B.Parkerは、彼のRaymond Chandlerの後継者と称され、後にChandlerの遺作Poodle Springsを完結させています。
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そんな初夏の或る日。
当時の私の中に頻繁に湧き出していた悪癖「学校なんぞに赴く暇があれば、映画でも観るか」が、初夏の陽射しと開放感に後押しされるかの如くに。
私は、平日真っ昼間から制服姿と学生鞄を携えた格好のままに田舎町を彷徨く危険性を排除すべく、脱いだ上着を鞄に押し込んだTシャツ姿になり、田舎町の更に町外れにある映画館に赴きました。
恰も戦後のどや街に稚拙な建築技術で建てられた末に、何十年も放置されたままかの如き映画館。
何時崩壊しても不可思議ではない程に朽ち果てたその映画館は、当時の私が見慣れた光景でありながら、また「一刻も早く此の町を出て行きたい」と想わせたその町の象徴でもありました。

しかし、その或る初夏の日に於いては。
見慣れた筈の映画館は、何時にも増して不気味で恟々とした佇まいを醸し出していました。
それもその筈です。
ハードボイルド小説の主人公スペンサーを私淑の存在である、と位置付けていた私の目に飛び込んで来た薄汚れた看板には。

《悪魔のいけにえ2 上映中》

幼年の当時より銀幕に慣れ親しみ、スクリーンやロードショウと称されたミーハー映画雑誌を宝物の如く愛読していた私でさえも。
恟々とした異様さを放つポスターと共に看板上に踊る邦題名《悪魔》そして《いけにえ》加えて《続作である2》には、憂いを含んだ訝しさと逡巡めいた刹那を抱きました。


・・・それから約2時間後。
私淑の存在であるスペンサーの代わりに私の頭を占拠し支配していたものは、異常者が人間の顔面の皮を被りチェンソーを振り回す完全に常軌を逸した世界観でした。
「男子たるもの斯く在るべし」などと云う所懐有していた私は恰も「か弱い子鹿ちゃん」の如き震駭と硬化しながらも冷や汗を垂らした面持ちにて、化け物屋敷である映画館から退散しました。
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「悪魔のいけにえ2」とは「邦題:悪魔のいけにえ(原題:THE TEXAS CHAINSAW MASSACRE)」の続作です。
米国に実在した殺人鬼エド・ケインがモデルとされていますが、映画自体は誇張以上の演出がされています。
他にも殺人鬼エド・ケインをモデルにした映画はHitchcock監督の「サイコ」や「羊たちの沈黙」が存在します。
「THE TEXAS CHAINSAW MASSACRE」は、本来ドキュメンタリー映像を撮っていたトビー・フーパ監督のデビュー作でもあり、余りに常軌を逸した内容故に「○○○○(放送禁止用語)が撮った○○○○(放送禁止用語)の為の映画」などと称される事もあります。
また、この映画の真の恐怖は「人間の持ち得る狂気の限界を踏み超えた作品」として芸術的でさえある、と表現する人も存在します(そのマスターテープは米国の或る博物館に保存されている、と言う話しも)
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あの初夏より約20年の年月が走馬燈の如くに流れ去り。
この2004年春にリメイクされ公開されている映画「THE TEXAS CHAINSAW」のオリジナルは「(邦題)悪魔のいけにえ2」の前作トビー・フーパ監督の「(邦題)悪魔のいけにえ」であります。

何とも修辞難い胸懐にて、先般にリメイク作であるこの春の「THE TEXAS CHAINSAW」を再見した私ですが、既に嘗ての恟々とした戦慄さも後味の悪さも去来する事は無く。
その代わりに当時のRobert.B.Parkerの文庫本を捲り、過ぎ去った20年間の年月に想いを馳せて顧みたところ、スペンサーに相似する自身流儀なんぞ僅か軽口の小片程度です。

悪魔のいけにえ2にてレザーフェイスと相対する怪優デニス・ホッパーが俳優として有する異端性や孤高の在り方を指向する気丈さも放胆さも持ち得ない今日の私と謂えば。
自身で甲斐甲斐しく催すハーブ・ティーとチョコレートのティー・タイムが何よりの快楽にして至福の時。
こんな今日の私、スペンサー宜しく自己に対するストイックな規矩準縄でも設けて、日々ボクシングに汗なんぞ流し始めてしまったら卒倒した末に寿命縮めるかしらん?



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