2001年6月12日(火) MADRID晴れ
8時に起きた。昨夜の vino tint(赤ワイン)が残っている。 N氏が、私宛てのFAXが届いていると言った。 従姉妹の姉ちゃんからだった。
「あんへ お母さんは今すぐどうこうって訳じゃないから、 落ち着いて帰ってきなさいね。あなたが帰ってくるまでは、 お母さん大丈夫だから。 N氏は、あなたの帰国を助けてくれるはずだから、 とにかく慌てないで無事に帰ってきな!」
ほっとした。 「今すぐどうこうって訳じゃない」って言葉が、 私に落ち着きを与えた。
まずはアルコールを抜くために、熱めのシャワーを浴びた。 気持ちがしゃん!とした。そして、旅行社へ行った。 事情を説明して、帰りの航空券をなんとかしてもらうよう頼むために。 私としては、今日の便がとれさえすれば、それにかかる費用はどうでもよかった。 だいたい、スペインからの呼び寄せで購入した航空券だったから、 日程の変更なんてできるはずがなかった。
「16日帰国予定を変更ですか?理由次第ではJALに交渉してみます。」 と旅行社の人が言う。
母の急病を告げると、JALは変更を認めてくれた。 つまり、16日のチケットを12日の同じ時間で日程変更してくれるというのだ。 ただ、MADRID〜PARIS間の航空券は、買いなおさなくちゃいけなかった。 AIR FRANCEの16日の航空券は、ドブに捨てることに。 買いなおしの航空券は、すんごい高かった。 MADRID〜JAPAN往復航空券が¥110,000ちょいくらいだったのに、 MADRID〜PARISは片道¥45,000もするって言う。
「とにかく早く帰りたいから、少しでも早く帰れるなから、いくらでもいいです。」 と言うと、「でも、もうちょっと探してみます。」と言って待たされた。
今日の今日じゃあ、安い航空券なんてそうそう手配できないだろうと、 あまり期待してなかったが、AIR EUROPA UX 1023便、 28,914ペセタってのを見つけてくれた。日本円にして、¥17,000くらい。 ラッキーだった。手数料25,000ペセタで日本へ帰れる。
MADRID空港13:30出発だったから、 すぐに家に戻って、荷物をまとめなくちゃだった。10:20だった。
友達に電話して、母の急病でこれから帰国することを伝え、 N氏がどうしても外せない仕事があって空港まで送ってもらえないため、 これから空港まで連れて行ってくれないかとお願いした。 彼女の今日の予定は、10:00からスタジオを借りての個人レッスン(フラメンコの)、 13:00からは、私がスペインに着いた日の晩、 一緒にタブラオを見に行ったベレン先生のレッスンを受ける予定だった。
申し訳ないと思いながらも、私の赤子以下のスペイン語じゃ、 限られた時間内に、到底ひとりで空港まで行けそうにない。
ごめんねぇ(´□`;)。全ての予定を台無しにして。 友達は、笑顔で私を迎えに来てくれた。すごい嬉しかった。
突然の帰国で、最後もうひとりの友達には会えず(彼女は風邪をこじらしていた)、 私が初めてフラメンコを習ったスペイン人講師のペパにも、ペパのママにも会えず、 去年の発表会曲のアレグリアスを教えてくれたシルビアにも会えず、 そしてそして、今週末には合流するはずだったロスピンチョス (私の福岡での行き付けのスペイン料理店)のみんなにも会えず、 フラメンコのレッスンも受けれず、 フラメンコの靴も買えず、 お土産も買えず、 いっぱい、いっぱい、心残りがあるけど、 でもこんなに心残りがあるから、きっとまた来れるよ。 絶対来るよ。 思ったより、SPAIN近いし(^^)。
次は、スペイン語ペラペラで、そんで、両親連れて来るぞ。
AIR EUROPA UX 1023に乗った。13:30発なのに、なかなか離陸しない。 もう予定から1時間たとうとしている。。。ウソやろー?! 結局14:30頃、やっと離陸した。1時間遅れ。大丈夫かいな。 PARISで荷物とって、connectingしなくちゃいけないのに、間に合うとかいな?
スチュワーデスのお姉さんに、何時にPARISに着くのか聞いたけど、 「今わからないから、後でね。」と言ったきり返答はなかった。ま・じーっ?
15:40着予定のところ、1時間出発が遅れたにもかかわらず、 30分遅れの16:10PARIS到着。
さあさあ、荷物をpick upしなくちゃだった。34番に突進して行ったら、 そこは出口だった。あれれ?と思って、犬を連れた警備? いや、警察官のお兄さんに聞いた。
「どこで荷物拾えばいいのーぉ?」 「ここは出口だから、もう1回モニターをちゃんと見て。」
実は24番だった。「24番はあそこのレーンだよ!」 フランスなまりの英語だった。
24番で待つこと10分。やばいなー。MADRIDで時間が無かったから、 PARISの税関で免税の手続きをするつもりだった。 単品で15,001ペセタ以上の買い物をした場合、13%の税金が免除されるのだった。 衣装を3着買ったから、かなりの額が戻ってくるはずだった。 が、時間がない。
証拠品の衣装も見せろと言われたらいけないので、 1着だけは手荷物にしといたのに。。。あきらめるか。。。
やっと、荷物を送り出すベルトが動き出した。 それから更に10分後。やっと、やっと、私のスーツケースが出てきた。
よっしゃー!乗り換えだー!Check inだぁー!!
でも、これからどこへ行けばいいの???
旅行社でもらったメモには、 「PARIS CHARLES DE GAU TERMINAL-1」と書いてあった。
手荷物預かり所のお姉さんに「TERMINAL-1はどこか?」と聞くと、 「ここよ。」と言う。
「乗り継ぎたいんだけど、どこへ行けばいい?」 「DEPARTUREへ行きなさい。」 「DEPARTUREはどこ?」 「34番を出て、リフトに乗りなさい。」 「Thank you very much!」 34番を出た。リフトってどこ?わからん。。。
今度は案内所のお兄さんに聞いた。 「TERMINAL-1のDEPARTUREに行きたいけど、どこ?」 「36番にリフトがあるから、5番のリフトで3階に行けば、 そこがDEPARTUREだよ。」
「5番のリフト?3階???」(どーも、会話に数字が出てくると緊張する) 「大丈夫、難しくないよ、you can!」
ひゃー、いい男だ。こう言う時に「you can!」って言われると、 すごく勇気付けられる。
彼の言った通りにリフトに乗って3階で降りると、 そこはDEPARTUREだった、TERMINAL-1の。 重いスーツケースをごろごろ転がして、左肩には1着の衣装を抱え、 TERMINAL-1を端から端まで見て回った。
ないっ、ないっ!!JALのカウンターがないっ! 背筋がぞぉーっとした。
AIR FRANCEの受付のお姉さんに聞いた。 「JALのカウンターはどこですか?」 「JAL?うーんと、わからないから、あそこの案内所で聞いて!」 「Merci beaucoup!」久しぶりのフランス語。(実は仏文科卒) でも、これくらいしか言えんけど。 あ〜〜〜っ、時間がないっ!
ANAのカウンター発見!あそこにいるのは日本人?中国人? 「Could you tell me where Japan Air Line is?」とりあえず英語で話しかけた。 「こちらは全日空のカウンターですので、日本航空はTERMINAL-2になります。」
ほっ!日本人だった。よかった、よかった。 えぇぇぇぇぇっ?!「たーみなる・つぅ」だぁ?! 血眼になって探したって見つからんはずやん。。。
ANAの日本人男性は、とても丁寧な日本語でTERMINAL-2までの行き方を教えてくれた。あー、ありがとう。あなたのおかげでやっとJALの場所がわかりました。 でも、間に合うんかいな。こんなところで、乗り損なうわけにはいかないのよ。 仏文卒とは言っても、フランス語なんてもうすっかりさっぱり忘れちゃってるし、 何が何でも今日PARISを飛び立たなくちゃなんだから!
スーツケースをばりばり転がして、またリフトまで行った。 リフトが閉まりかけたところを無理やり乗りこんだら、 ハイジのアルムおんじみたいな髭を生やしたムッシューが、 私のスーツケースをぐいっと引き入れてくれた。
深呼吸してゆっくり言った。「Merci beaucoup!」 完璧な発音だった。と思う。アルムおんじはにっこり微笑んだ。 私もにっこり笑った。
リフトを降りると、右前方にバス停があった。 待つこと3分。いやに長く感じた。 あー、17:00回ってるよぉ。18:00の便、乗れるとかいな? 冷や汗、たらり。。。
バスが来た。運転手に聞いた。 「TERMINAL-2-Fに行く?」 「行くよ。」
よぉーっし!乗りぃぃぃだ! もう間違うことは許されなかった。旅の恥は掻き捨て!と自分に言い聞かせながら、バスが止まる度に運転手に聞いた。「ここは2-F?」
でも、やっぱり何度も聞くのは恥ずかしい。次は車内放送を注意深く聞いた。 2-A、2-Bらしい。そして、次は2-Fだった。ヨシヨシ(^^) バスが止まった。運転手さんに満面の笑顔で「Merci beaucoup!」と言った。 そしたら、「Bon voyage!」と言ってくれた。最高に嬉しかった。
さぁー、Check inだぁ!!17:15だった。 搭乗手続きは17:25が最終だった。ひぇ〜〜〜!危機一発!
こんなんもありなんやねぇ。 やっと、ほっとした。 これでちゃんと帰れる。 ぬるくなったミネラル・ウォーターを一気に飲み干したら、 なんだか泣けてきた。よかった。帰れる。
行きはさぁ、到着も出発もTERMINAL-2だったからすんなりだったけど、 帰りは苦労したぜぃ!なんせPARIS空港、迷ってみてわかったけど、 福岡空港の5倍、いや、もっとそれ以上デカイ!危うく、乗り損なうところだった。 何人の人に助けられたろう。 皆様、ありがとう。
PARIS空港の47gateで手荷物検査を受け、gateを通過したら、 そこにいたムッシューが(検査官なんだけど) 「Bonjour! びじゅーん、びじゅーん。Kiss me,please」 と言ってきた。あはは、変な検査官。びじゅん、びじゅんってのは、 美人、美人って意味らしい。(私の勘違いではないぞ!) 他の検査官が、ひやかしてピーピー言ってた。
私はやっと搭乗できそうで嬉しかったから、 彼の右ほほにちゅーしてあげた。 「Merci beaucoup, bon voyage!」とムッシューは言った。
47gateのboardingが始まり、バスでJALの飛行機へ。。。
あーっ、My rage登録するの忘れたぁー! げげげだぁ。あぁ、やっぱりどっかマヌケだ。私って。
関西国際空港には、予定通り6月13日の13:00に着いた。 荷物をpick upしに行ったら、なんとなんと! 行きに破れたスーツケースが、またさらに破れてるじゃないか!
ま、日本に帰ってきたから、もういいけどね。 それにしてもすごかった。ばりばりっと裂けていた。 とりあえず、クレームを申し立て、 その後、父に電話しようと思って、スーツケースの中から携帯を取り出した。 すると、携帯がすっかりイカレテいた。電源が全く入らない。
げっ、福岡に到着するまで、連絡できんやん。 携帯を持つようになって、電話番号をアドレス帖に控えるなんてことしなくなったから、こういう時まさに陸の孤島状態になってしまう。 誰の電話番号も覚えていない。 とりあえず、自分のマンションに電話した。 留守電に、父宛てのメッセージを残した。
がっかりした私に、更に追い討ちをかける事態が起きた。
スーツケースが閉まらない!! そう、破れた衝撃のせいか、スーツケースがうまく閉まらないのだ。 汗だくになりながら、もう半べそ状態で、私の全体重をかけてもしまりゃーせん。
関空〜福岡間はANAの便を取ったので、ANAのカウンターに行って、 スーツケースをガムテープでぐるぐる巻きにしてもらった。 傷だらけのスーツケース、なんだか私の旅そのものみたいで笑えた。
そして、日本時間の6月13日17:30。 やっと福岡のマンションに帰り着いた。
|